美島豊明インタビュー The man behind Cornelius

コーネリアスの3rdアルバム「FANTASMA」

美島:1997年にリリースした3枚目の「FANTASMA」の時に、Pro Toolsでいろんな事が出来るっていうのが分かっちゃって。歌をものすごく長く延ばすとか、ループを延々とつづけて、アーーッっていうのが人じゃないくらい延びることが出来るっていうのが、分かっちゃったんですよ(笑)。

マスヤマ:音の3Dとかっていうのは、どっちかっていうと、オマケ的なことだったんですか?

美島:あ、それは、なんか小山田くんが耳が付いたヘッド型のマイクを見つけてきて。

マスヤマ:「FANTASMA」は一般的に3Dとかヘッドホンが入っているとかというイメージがあるけど、実は音楽制作的にはハードディスクレコーディングを用いた作り方の方が大きかったんでしょうね。だから、こう色々詰まった感じになってるんですね。あれもやろう、これもやろうみたいな。

美島:そうですね。そういう面もありますね。

マスヤマ:このころから、スタジオで作曲するようになってきたって事ですか?

美島:そうですね。この辺から。

マスヤマ:じゃ、ここにストリングスっぽいの入れようとか、効果音入れようとか。。。逆にいうと、美島さんとガッツリとした作業になってきたってことですよね。

美島:でも、このころはまだ外スタ使っているから。

マスヤマ:じゃあ、曲はある程度出来てて。

美島:いや、曲は二人で。小山田くんが前もって作ってこなくなったから、プリプロルームに入ってからの作業になってきて、外へ行って何か録ってきて、また素材を持ってスタジオ戻って、みたいな。

マスヤマ:プリプロルームって、その時どこだったんですか?

美島:3Dの事務所です。事務所の一角をなんかスタジオっぽくして。今みたいに機材も置いてあったと思いますよ。

マスヤマ:コンピュータがあって、それなりのことは出来るように。。。

美島:うん。仮歌も、録れるようにして。

マスヤマ:じゃあ、本当にもうホームスタジオみたいな感じだったんですね。「FANTASMA」から作曲も美島さんが関わるようになってきたとのことですが、呼ばれる時間も圧倒的に長くなった?

美島:段々、長くなってきましたね。

マスヤマ:曲がゼロからのと、イメージがあるのをちょっと作ってっていうのと、度合いが違いますよね。

美島:度合いが違いますね。「69/96」の時は、そこまで音色とか凝らないで、差し替えるのを前提でやってたから。とりあえず、形だけ見えてて、ミュージシャンに説明できるところまで作っておいて、後はスタジオで、っていう。

マスヤマ:「FANTASMA」からは、最終的なアウトプットまでコントロールするようになって、凝り始めるってことですよね。リリースの後、ライブも当然あった訳ですよね?

美島:「FANTASMA」のツアーは行きましたね。その時は映像との同期をしなきゃいけなかったから、僕はシーケンスのコントロールをしていました。僕の方からSMPTE流して、映像チームもいたから映像の方に信号を送って、シンクロさせて。

[こちらは、2006年よりスタートしたライブ公演「SENSUOUS SYNCHRONIZED SHOW」の映像。1997年発売の「FANTASMA」の頃から、ライブで音と映像をリンクさせるという試みを行っていた。]

マスヤマ:じゃあ、それは完全に裏方ですよね。

美島:でも、ステージ上にいましたよ。

マスヤマ:え、ステージ上で機材に囲まれていた、っていうことですか?なんでステージ上にいる必要があるんですか?

美島:クリックも送ってたし、いくつかサンプルネタをPAの方に送ってたから。いつ機材が止まるのか、ヒヤヒヤしながらやってました。今までやったことがないことだったから、映像の人も「どうやってやるんですか?」って。ステージ上って結構ノイズが凄いから、「これ、ノイズ載っちゃったらアウトだよね。」とか言いながら。ライブの時は、そんな感じでしたよ。

マスヤマ:そういうことも、なかなか他の人には出来ないですよね。

美島:誰かに説明しても、意味をわかってもらえなかった(笑)。「何?そのブラックバースト飛ばして、どうのこうの?」って(笑)。

マスヤマ:あははは(笑)。映像の人は映像のことしか知らないし、音楽の人は音楽のことしか知らないですからね。

美島:それをライブでシンクさせるっていう発想は、たぶん当時なかった。今はもう皆やってるけど。

マスヤマ:「FANTASMA」の頃のことで、何か覚えていること、ってありますか?

美島:やっぱり、Pro Toolsを本格的に動かして、いろいろトラブったりしたことが大変だったかな〜(笑)。

マスヤマ:試行錯誤になっちゃうわけですね。スタジオの人は慣れてないから嫌がるし、みたいな。

美島:そうそう。「なんか、よくわかんねーし。」「何やってんだろ?めんどくせー。」みたいな。あとは、マスタリングにPro Toolsを持っていこうっていう話になって、どこのマスタリングスタジオに電話しても、「何ですか、それ?」って(笑)。

マスヤマ:出始めですものね。

美島:その頃は、DAT納品だったんで。DATでマスタリングスタジオに持っていくか、2チャンのハーフで持っていくかだったんですよ。

マスヤマ:スタジオにどんどんPro Toolsが導入されてるって聞いたのは、1999年とか2000年とかじゃないかな。

美島:そうそう。21世紀になるころですよ。21世紀、来てないですからね。「FANTASMA」は1997年に発売ですから。

マスヤマ:Pro Toolsを使うと何がいいんですか?

美島:編集が、楽になりました。その時の僕のシステムは、Pro Toolsのハードウェアの上にLogicが乗っかってて、LogicでPro Toolsのハードウェアをコントロールするっていうしくみで。ハードウェアっていうのは、ボードとオーディオインターフェイスのことですね。

マスヤマ:Pro Toolsのボードは何をするんですか?

美島:ボード自体は、いわゆる橋渡し。アナログからデジタルに変えたり、デジタルからアナログに変えたりする中間。具体的には、その中にDSPコントローラっていうのが入っていて、そこでEQをかけたりとか出来るっていう。当時はfirewireも出てなかったしUSBもなかったから、専用のボードを差して、専用のケーブルで、ADコンパータとつなぐって方法しかなかったんです。

マスヤマ:今は、ソフトがあって、オーディオにインターフェイスがあれば、いろんなことが出来ちゃいますよね。その時は何で出来なかったんですか?コンピュータのパワーが低すぎた?

美島:低すぎましたね。そのために、オーディオチップが乗っかっていないと、オーディオが扱えなかったんです。ピポーンくらいしか、出なかったですからね。

マスヤマ:(笑)僕、ハードディスクレコーディングの時代ってよくわかんないですけど、フリッパーズギターで言えば、ヘッド博士とかの頃ですか?

美島:ああ、あれはサンプラー使ってるとき。ハードディスクレコーディングは、確か「69/96」の時に初めて使ったかな。

2010年に砂原良徳のリマスターによってリリースされた、Original Recording RemasteredバージョンのFANTASMA。この他にも、1997年のオリジナル版、1997年リリースの初回限定版、リマスターリリース時の限定版がある。

マスヤマ:本題に戻って、「FANTASMA」の製作作業中に、今までと違った感じはしたんですか?やっぱり今のコーネリアスに繋がるのは、「FANTASMA」からじゃないですか。海外発売もあるし、いろんな意味で。それはやってる最中に違いを感じたんですかね?

美島:うん。感じましたね。アーティストの内面が出てきている感じになってると思いますよね。「スゴいかどうかは、まだちょっと判らないけれど、今までとはちょっと違う感じになるな。」というのは。うん。

マスヤマ:どこかのインタビューで見たんですけど、ツェッペリンの「Stairway to heaven」っていう曲あるじゃないですか。あれを作ったとき、ロバート・プラント(ツェッペリンのヴォーカル)が「やった!スゴイものになる!」っていう感触があったって書いてあって。「FANTASMA」でも、そういうのがあったのかな、と。

2014-05-28 | Posted in | Comments Closed