美島豊明インタビュー The man behind Cornelius

中学・高校時代

美島:小学校の時にビートルズを聴いて衝撃的だったというのはあって、その後中学に入ってからは、僕の時代だとグラムロックなんですよ。グラムロック全盛で、僕はT・レックスが大好きだったんです。ただ当時、田舎の小中学校でみんなが聴いているのは、いわゆる御三家、郷ひろみとか西城秀樹とか、女の子でいうと天地真理とか南沙織だったんで、周りは誰も聴いてなかった。

マスヤマ:当時ポップスはポップスでいましたよね。カーペンターズとかは?

美島:そういえばカーペンターズも聴いてたな。周りも多少聴いてましたね。ただ、カーペンターズを好きな子はT・レックスは聴かないんですよ(笑)。あんな下劣な音楽みたいな(笑)。今、フタを開けてみると、カーペンターズの方がものすごい事をやってた気がするんだけど。

[T・レックスの「20th Century Boy」]

マスヤマ:まあね、お化粧していただけでも、不良扱いとかされるみたいな。

美島:田舎の学校だったから、髪の毛とか少しでも耳にかかると、毎週朝礼の時に呼び出しがあって、「オマエの髪の毛はなんだ」とか言われて、すごいムカついていたのを覚えてますね。そんなことをしてると勉強が出来なくなる、と言われたんで、一回だけ頭にきて、すごく勉強してクラスで一番をとったことがある。勉強できればいいんだろ〜と思って(笑)。

マスヤマ:できたらほめられたりしました(笑)?お母さんは喜んだんでは?

美島:まあそうなんですけど。別にほめられたりはしませんでした。それでかえって目に付くヤツになっちゃったらしくって、結構、職員室とか呼ばれてましたね。おまけにバンドとかやっちゃったから。。。その当時ってバンドやってるだけで、不良だったから。

マスヤマ:バンドの話を聞かせてください。何の楽器を?

美島:友達をだましていろんなの買わせて、やらせて。それで、ベースをやれるやつがいなかったから、ベースをやってましたね。当時やってたのは、ビートルズのコピー。学園祭とか文化祭とかで、歌は僕が歌ってましたね。うるさかったって言って、終わった後に先生に怒られたりして(笑)。「オマエら、ちょっと来い」って、「え〜、また怒られるんだ」みたいな(笑)。

マスヤマ:その時はわりとリーダーっぽい感じで?

美島:そうですね。一緒にやってた友達って鍵盤モノが出来なかったりしたんで、僕が耳コピーしたやつを教えてあげたりとか。

[1976年 15歳のときの美島さん。当時はベースを担当。]

マスヤマ:中学の頃は、自分でどこかに行って聴いてたとか、深いところに入ってってことではなかった感じですか?

美島:田舎でしたからね。中学生だと、そんなに東京まで出て来れないから、とにかくラジオや雑誌とかで情報を得てました。FENもよく聴いてましたね。あとは、FM雑誌がたくさん出てた気がする。あれを毎週楽しみにしてましたね。レコパルを買ってたかな。

マスヤマ:その時の番組で覚えているのあります?

美島:覚えているのが、渋谷陽一さんがやってた。。。NHKだったかな。。。番組名は全然思い出せないや。それで、その渋谷さんの番組だと「この人よくツェッペリンと比較するな〜。あ、この人、基準はツェッペリンなんだ!」と(笑)。あとは、当時、NHKでアルバムをフルでかけるっていうのをよくやってたから、それをものすごい勢いでカセットに落としてた。

マスヤマ:当時、ビートルズのソロもそんなに聴いてないですか?

美島:そんなに聴いてないですね。聴いたときに「ビートルズじゃない!」と思って(笑)。僕、解散してから知って、マッカトニーのソロとジョンレノンのソロが同時期に出てて、「じゃあ、ソロのやつをまとめて聴けばビートルズになるのかな?」って思って聴いてみたんけど、「違う〜!」と思ったのをよく覚えてる。特にハードロックがいいとか、そういう形でなく、雑多に聴いてましたね。

マスヤマ:当時、音楽以外のことは?クラブ活動とか?

美島:いや、バンドを自分で作りたくって、そのために時間が欲しかったから、中学のときは部活をやってなかったんですよ。帰宅部で、ひたすら帰って、聴いてる、みたいな(笑)。

マスヤマ:勉強もあんまりしなかった?

美島:あんまりした記憶はないですね。言われなかったし。

マスヤマ:中学は共学で、高校も共学ですね。その頃、当然、女の子に興味ありますよね。

美島:あああ〜、モテた(笑)。中学の頃、ものすごくモテた。バンドのフロントやってからっていうのもあると思うけど、ものすごかったですよ(笑)。バレンタインの時とか「こんなにチョコあって、どうする?」みたいになって、皆で分けて食ったのを覚えてますね。で、翌日、学校で先生に「オマエら、昨日学校でチョコを食べていたな」と言って、怒られるというオマケがつく(笑)。

マスヤマ:今の子だったら、バンドを組んで活動するって、学校の中ではマジメなクラブ活動といった感じだけど、当時は。。。

美島:そうそう。だから、半分僕らは命がけじゃないけど(笑)。相当のリスクを負ってのバンド活動ですよ。

マスヤマ:中学を卒業して高校に入ったら、人間関係も変わりますよね。

美島:高校入ってからは、ブラスバンドやったんです。電気楽器でないものを勉強した方がいいなと思って。「ギター、ベース、ドラムだけじゃないな、限界あるな。」と。

マスヤマ:それは何かジャズロックみたいなの聴いたからとか、そういうことですか?

美島:多分、それもあると思いますね。中3ぐらいのときに、フュージョンとかが始まりだして。。。そういうのを聴くと、フォーリズム以外の楽器が入ったりするじゃないですか。でも、バンドもやりたくて、続けてました。

マスヤマ:ロックバンドもやってたけど、ブラスとかも。アレンジですよね。

美島:でも、部活でブラスバンドをやってると、ロックの話をしても誰もついてこない。逆に、ロックバンドをやってるところで、金管楽器とか弦楽器の話をしても誰もついてこなくて、ちょっと寂しい(笑)。

[1977年 当時在籍していたブラスバンド部は千葉県吹奏楽コンクールで優勝校に選ばれた。]

マスヤマ:ブラスバンドでは、何をやってたんですか?

美島:フルート吹いてました。「入部したいんですけど。」と入ったら、「オマエの顔はフルートの顔だ」とかって言われて。

マスヤマ:へぇ、じゃ、キーボードやって、ベースやって、ギターやって、ボーカルやって、フルートやってって。なかなかいないですよね。高校生ぐらいで。

美島:あ、でも、高校のときに作曲家の人は楽器を触るみたいなことを何かで聞きかじって、そうか!と思って(笑)。ブラバンにいれば、ま、バイオリンがないけど、これは後でなんとかしようとか思って。とりあえず、楽器、全部触ってみよう、という。それ、今すごい助かってます。

マスヤマ:そのころ何気なくやっていたことが、今の引き出しになってるんですね。

美島:なりますよね。高校くらいの時に見た楽器。構造上、この音は出ないとか、触ってみないとわからないし。音域とかも実際に見てみないとわからないし。

マスヤマ:高校の時は何を聴いてたんですか?

美島:フュージョン系のやつを聴いてたのは、覚えてる。

マスヤマ:チップコリアとか?

美島:ん〜、聴いてたけど、難しくてできなかった。ラリー・カールトンやクイーンはよく聴いてたな〜。あとは、スティービー・ワンダーの「キー・オブ・ライフ」。こんなのアリ?と。「ひとりでやってる!」ってびっくりした。

マスヤマ:時代とか、ちょっと超越してますよね。2枚組なのに、駄曲がない。

美島:その辺から、黒っぽいやつも聴いてたような。アースウィンド&ファイアー、よく聴いてた。アース付近から、Pファンクとかも。でも、そのあたりになると、人種が違いすぎて、「コレは俺のやるものじゃないな。」というのを感じたことがあるな〜。スキだったけど。服のセンスも違うな〜と。外人がチョンマゲ結うみたいなことになっちゃうから、違うなと。

マスヤマ:やっぱり、いろんな意味で違いますよ。でも洗練されたフュージョンですよね。当時、音楽の歴史を掘るみたいなことは?

美島:まだ、掘ってないな〜。自分から追っていこうというよりも、広く浅くみたいな。

マスヤマ:ジャズは行ってないですよね。

美島:行ってないですね。今もそうなんだけど、即興演奏っていうのは、今も自分の中にはない。即興演奏っていうのは、その場にいれば、面白いんだけど、記録として残って、また聴くっていうのは、即興演奏の本質からズレてるような気がして。プレイヤーとして楽しくやっていて、その時のお客さんとのあうんの呼吸でフレーズが変わっていくっていうのが、即興演奏の基本のような気がして。構築するものっていうよりも、チャンスオペレーションっていうのかな。

マスヤマ:ああ、わかります。どっちかというと、構築していく方がスキなんですよね。タイプ的にね。

美島:チャンスオペレーションの面白さっていうのは、その場じゃないとわからないから、後からそれを聴くのは邪道っていうのか、ジャズの本質からズレちゃうような。。。レコーディングされたものって半減してるのか、とかちょっと思っちゃったりするんですよね。

マスヤマ:エリック・クラプトンとか尊敬されてるかもしれないけれど、昔のCreamのギターソロとか、今、誰も聞かないじゃないですか。

美島:確かに。。。今、聴いても瞑想できない。

2014-01-10 | Posted in | Comments Closed