Julie Watai

音楽プロデューサーの佐藤譲さんから…

みしゅましゅ*Pのマスヤマです。デビュー・アルバムの発売記念リリースパーティ at 六本木新世界は、今週土曜12月1日です。会場では、アルバムの先行発売、限定グッズの発売もありますので、ぜひ!

今日は「ソーシャル世代の音楽プロデューサー」、佐藤譲さんによるデビュー・アルバム、レビューをお届けします。佐藤さん(面識ありませんが…)、情報密度の高い原稿ありがとうございました!

 

-ポスト渋谷系をアップデートした今日的なアーバン・サウンド-

佐藤譲(音楽プロデューサー) 

 ここ1、2年、日本の音楽シーンの中では同時多発的に起きている興味深い現象がある。気づいていている方も多いのかもしれないが、それが渋谷系、ポスト渋谷系のルネッサンス(再興)だろう。

  特にアニメやネット・ミュージック(ネット・レーベル系/ニコ動系)及びオルタナティヴ・シーンにおいてこの流れは顕著だ。例えばアニメなら中島愛や花澤香菜のプロデュースはROUND TABLEの北川勝が担当。竹達彩奈のサウンドはCymbalsの沖井礼が手がけている。ネットレーベルを見渡せばAVEC AVECやtofubeats、sugar campaineのようなかつての渋谷系のモンド的なエッセンスをアーバン・サウンドに散りばめたアーティストが大きな注目を集めているし、ニコ動界隈では『初音ミク渋谷系』のリリースは記憶に新しいことだろう。そして、小沢健二の復活という象徴的な出来事は、J-POPシーンやオルタナティヴ・シーンにおいても大きな影響を与えた。

 渋谷HMVの閉店は、洋楽文化からの影響が大きい渋谷音楽文化の発信力が減退していることを示した象徴的な出来事だと言えるが、原宿に秋葉原の文化を取り入れた<DENPA>のようなイベントが人気を博したように、渋谷も秋葉原の文化を取り入れたアキシブ系が勃興するなど、ドメスティックなギークカルチャーを自らの文化に導入することで、活性化を図ろうとしている動きが増えてきた(『SWITCH』や『eyescream』などの雑誌媒体でも同様の動きを見せていると言える)。このような流れの中から「渋谷系の再燃現象」が起こっていると言えるのだろう。そうした中でユニット、mishmash*Julie Wataiがデビュー・アルバム『mishmash*Julie Watai』をリリースするのは、何やら時代の符合のようなものがあるのかもと思わずにはいられないのだ。 

 mishmash*Julie Wataiは、コーネリアスのサウンドプログラマを務め、米グラミー賞にもノミネートされた美島豊明と、『テレビゲーム文化論』の筆者として知られ、作詞なども手がけるコンテンツプロデューサー、マスヤマコム、そしてグラビアアイドルから現在ではフォトグラファーとし、著書『Samurai Girl』が世界で120万部を超える売上を記録しているJulie Wataiによって結成されたユニット。通常は美島とマスヤマによって活動しており、その都度彼らが目をつけたクリエイターと組むという活動形態を取っている。

 mishmash*の歴史を紐解くと2010年の9月よりブログが開設され、コーネリアスナイトの様子やマスヤマコムによる美島豊明のインタビューが掲載されており、その頃よりユニットの芽が芽生えていたことが伺える。マスヤマコムによれば、2006年にコーネリアスの『Point』『Sensuous』のサウンドに衝撃を受け、その日本独自の音楽性に可能性を感じ、その制作面を司る美島豊明に興味を持ちイベントをきっかけに彼と接触を果たしたようだ。

 その後、美島豊明とマスヤマコムは2010年12月より音楽制作ユニットmishmash*を始動させることを決定。作・編曲・音楽プロデュースを美島豊明、作詞・作曲及びトータル・プロデュースをマスヤマコムが担当。*の後ろにヴォーカリストなどのクリエイターを招く形とし、インディーズを中心にユニットの活動を繰り広げていくことを決定。ユニットは翌年2011年よりユニットの準備をはじめ、Julie Wataiを迎え3月より音楽制作の作業を開始。ほぼ3ヶ月に渡って毎週レコーディングを繰り広げることになる。

  レコーディングをした3人は2011年10月にプレスリリースを制作中であることをブログで公表し、アーティスト・イメージ及び「恋の魂(後に「恋のタマシイ」と改題)」のトレイラー・ムービーをYoutube上に発表。アーティストの活動指針として「英語版を制作して海外にも発信」「トラックごと(パラデータ)の配信も行う」「2012年に本格的に活動を開始」を発表していく。

 2012年の4月に入るとユニットは『Sound & Recording』誌の「マジカル・アレンジメント・ツアー」という企画で「グラドルを撃たないで」のヴォーカルトラックを提供し、コンテストを開始する。同時に「恋のタマシイ」を音楽配信サイト、OTOTOYで無料配信する他、AmazonやiTunesで100円(海外は99セント)で販売をスタート。Amazonの楽曲ベストセラーで「恋のタマシイ」が1位を、そして「Roll of Love」(「恋のタマシイ」の英語版)が2位とワンツーフィニッシュを果たすなど、順調なスタートを切る。

  6月に入るとユニットはミュージックビデオにアルス・エレクトロニカでの受賞経験もあるクワクボリョウタが担当した「リバーブの奥に」(英語タイトルは「Veiled by Reverb」)をリリース。さらに7月に入ると常盤響がミュージック・ビデオの監督を担当した「グラドルを撃たないで」をリリース。そして、同年の10月には発信元となるウェブサイトの引越しをし、同時に4枚目となるシングル「ゴー・ファービー・ゴー」をリリースした後、12月5日に待望のアルバムである本作『mishmash*Julie Watai』が世に放つのである。

 心音のようなタイトなキックと北欧エレクトロを思わせる冷ややかな温度感が心地良い「リバーブの奥に」。90年代中期のブリットポップにモンド感を加えたような「恋のタマシイ」。マスヤマコムが多大な衝撃を受けた『Sensuous』と地続きの音の位相や配置で作られたような「ゴー・ファービー・ゴー」。独特のメロディラインが幻想的なトラックを不可思議な世界へ誘っていく「3分シェイクスピア」。ベタな歌謡曲を彷彿とさせるタイトルとは裏腹に、ダークでルーズなグルーヴとヒステリックなギター・ソロが印象的な「グラドルを撃たないで」。歌謡曲のテイストを楽曲の相性の異なりそうなトラックを掛け合わせ、耳を刺激していく「砂に消えた涙」。そしてそれらの楽曲の英語ヴァージョン(「砂に消えた涙」はイタリア語)。 

 懐かしいところだとTelepopmusikあたりだろうか。他にもGoldfrappやNeon Neon、最近だとKindness辺りを引き合いに出せそうなルーズさとローファイさを醸し出しながら、その裏、繊細なタッチで描かれる艶やかなネオンカラーのシンセポップ。そこにJulie Wataiの儚げなヴォーカルが漂う彼らの音楽性は、まさに冒頭で説明した洋楽文化の流れに端を発している渋谷系、ポスト渋谷系をアップデートした今日的なアーバン・サウンドを作りあげていると言えるのではないだろうか。

 フリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』に参加して以降、コーネリアスのエンジニア、プログラマー、キーボードプレイヤーとして文字通り小山田圭吾の片腕として渋谷系サウンドの一翼を担い、世界へ送り続けてきた美島豊明。ギークカルチャーに造詣が深く、自らアイコンとなって秋葉原文化とギークカルチャーを世界へ発信しているJulie Watai。NYと東京を行き来しながら自身の手で幾つものの「器」を作ってきたマスヤマコム。そんな三人のバックグラウンドがまるでそのまま反映され、溶け合ったような音楽は、映画「ロスト・イン・トランスレーション」で描かれたような、コケティッシュでどこか異国情緒溢れる日本や東京のユニークなムードやイメージを形成しており、日本のリスナーだけでなく、海外のリスナーをも蠱惑していくのではないだろうか。これはJulie Wataiの独特のヴォーカリゼーションによるところも大きいのかもしれない。

   最近ではDOMMUNE出演をはじめ、精力的なライヴ活動やメディア展開を繰り広げているmishmash*Julie Watai。海外にアピールできるような音を巧みに日本独自のものへと変換していき、キャラクター展開を含めグローバルなセンスで送り届けられていくそのユニークな試みが、今後どのような化学変化を起こしていくのか。その行く末にはどんな風景が待ち受けているのか。是非注目していきたいところだ。

 佐藤譲さんプロフィール:北欧のハウス・アーティスト、ラスマス・フェイバーと共にアニソンのジャズ・カバー・アルバム『プラチナ・ジャズ〜アニメ・スタンダード』〈ビクター〉を仕掛け、秋葉原の人気クラブ『MOGRA』でのアンセムチューンをコンパイルした『MOGRA MIX VOL.1 mixed by DJ WILDPARTY』〈EMI〉では企画/共同プロデュースを担当。元『ロッキングオン/BUZZ』編集者であり、現在は株式会社一二三 代表取締役。