コトの経緯 mishmash*関係者インタビュー

第4回:中村勇吾

今回”コトの経緯”を伺ったのは、当ウェブサイトのトップページ『mishmash*up!』を制作した「tha ltd.」のデザイナー/代表取締役である中村勇吾氏。

「tha ltd.」の手がけたウェブサイト/インターフェースといえば、動きがあって、ヒネリが効いた、見て楽しい、触って楽しいものばかり。そんな氏のモノ作りの発想、モノの見方の極意に迫ります!(取材・文:菅原英吾)

中村勇吾(以下中村):マスヤマさんのことは、ネット黎明期……日本でオンラインコミュニティのようなものができはじめた頃から知っていました。マスヤマさんは、そういう尖がった人たちの集まりの中でも話題にされていることが多くて、何か面白そうな所では大抵名前を見かけていました。

菅原英吾(以下A5):実際に会ったり、姿を見かけたりということは?

中村:それは無かったです。私は普通に学生でしたし、その後、橋などを設計する建設会社に就職したので、転職するまで、ネット業界のことはよく知らなかったんです。

A5:でもマスヤマさんが、何をやっている人かということは、ずっと知っていたんですね。

中村:テレビゲームとか投資とか漫画とか……ずいぶん色々、極端なことをやっている人がいるんだなぁ、と、生暖かい目で見てたという感じですね。

A5:では、実際に会ったのは……。

中村:ごく最近で、この一年内くらいです。

A5:では、マスヤマさんよりも先に、美島さんと会っていたんですね。

中村:そうですね。最初にコーネリアスさんと一緒の仕事をしたのは、インテリアデザイナーの片山正道さんの会社、ワンダーウォールの展覧会用の映像を作ったときからです。

A5:2010年頃ですね。

中村:片山さんと小山田圭吾さんが、ワンダーウォールの展覧会ビジュアルで、”音楽コーネリアスで、何かできない?”という、依頼が私のところに来まして……。”じゃ、頑張ります”みたいな感じで。

A5:そうだったんですね……。コーネリアスの音楽と中村さんの作品って、とても相性が良いと思うんですけど、最初は偶然の出会いだったんですね。

中村:その後、CMの仕事で、映像と音楽の最後の微調整をするためにスタジオにお邪魔したら、コンソールの前で、ばーっと手を動かしている人がいて……。

A5:それが美島さんだったわけですね。

中村:”ああ、この人がコーネリアスのエンジニアリングをしてるんだなあ”と思って後ろから見てました。その時はスケジュール的に切羽詰っていて、話しかけられなかったんですよ。

A5:その後『デザインあ』などで、何度もコーネリアスと仕事をされていますけれど、美島さんとゆっくり話す機会はありましたか?

『デザインあ』は、2011年4月からNHK Eテレで放送されている、子供たちの”デザイン的な視点と感性”を育むことを目的とした番組。コーネリアスが音楽を担当し、中村勇吾氏は映像監修を担当している。サントラは2013年1月23日に発売。

中村:……あんまり無いですね。

A5:『mishmash*up!』の打ち合わせのときは……?

中村:マスヤマさんが喋っていて、それを美島さんが受け止めて、というシーンにしか出会ってないですね。twitterでは結構ノリがよかったりするんですけど、実際にお会すると”いや、ここはオレは喋らんぜ”と跳ね返される、みたいな(笑)。

A5:寡黙な人ですよね、わかります……。では、マスヤマさんと、最初に会ったときの印象は?

中村:最初に会ったのは、アートディレクターの福井信蔵さんや、映像ディレクターの辻川幸一郎さんから、弊社の阿部へ、といった繋がりで、なんとなく、という感じだったんです。

A5:なんとなく……ですか。

中村:15年越しくらいで、やっと、”ああ、この人がマスヤマさんなのか”と。

A5:その頃、私、マスヤマさんから”この人にウェブサイトを作ってもらおうと思うんだけど、どうかな?”とDVDを渡されたんです。中村さんが出演されているNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組のDVDだったのですが……。

さまざまな分野の第一線で活躍中のプロの仕事を徹底的に掘り下げて取材する人気ドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』のDVD版

A5:冒頭が”今、この男に仕事を頼むのは、簡単ではない”というナレーションで始まるんですよね。それに、他のインタビュー記事でも読んだのですが、”新しい表現方法を模索するために、半年くらいあえて仕事をしない時期を作ることがある”ということで。

中村:いや、実際はそんなことしたことないです。たまたま”そんなのに憧れてるんですよ”ということを言ったら、その部分を誘導尋問のように掘り下げて質問されて、そういうことになってしまっていて。それ以降、よく訊ねられるんですよ。”今営業中ですか?”って。それで成立するわけないんですが(苦笑)。

A5:実際は、ゆっくり食事をする暇もないほど忙しいわけですよね。

中村:カップラーメン率は高いですね。

A5:そんな多忙な中、どうしてmishmash*Julie Wataiの仕事を引き受けてくれたんですか?

中村:音楽系の仕事は、基本、やりたいんです。音楽が好きなので。仕事とか、そういうことは抜きにして、”何か一緒に楽しいことやらない?”ということを、本当に年に一回くらいですけど、やりたいんですね。

A5:mishmash*Julie Watai、楽しそうですもんね。では、”こんなサイトにしたい”というようなイメージは、マスヤマさんはどれくらい持っていたんでしょう?

中村:最初から結構具体的なイメージを持ってましたね。色々雑談もしたんですが、ちょっと違う方向のアイデアに話を振ると、”うーん、この話題早く終わらないかなあ”という表情になってくるから、わかるんですよね。意外とマスヤマさん、スルー力高いなあ、っていう。

A5:マスヤマさんの頭の中には既に、やりたいことのイメージがあって、話しながらそれを探っていく感じですよね。

中村”ああ、こっちね、これがしたいんだ”と。もともとmishmash*Julie Wataiのコンセプトとして”音楽のリリースフォーマットを、よりエディタブルなものにしていきたいんだ”ということは言っていましたね。

A5:PansonWorksのイラストを使うということは、決まっていたんですか?

中村:そうですね。マスヤマさんが、PansonWorksのイラストをとても気に入っていたので、じゃあ、その方向で、と。私たちは、あんまり自分たちでイメージを作るということはしていないんです。

A5:それは意外ですね。でも言われてみればそうかも……。

中村:基本的にウェブデザインというのは、広い意味での編集というか……。

A5:なるほど。確かに編集の仕事と近いのかもしれませんね。中村さんは、ウェブサイトを作るときにどういったことを一番重要視するんですか? 中村さんの作ったウェブサイトというと”なんかセンスいい! お洒落!”というイメージがあるんですが……。

中村:うーん、お洒落……。高度なお洒落はできないですね。でもまあ”キレイ”とか”少なくとも汚くはない”というか。

A5:なるほど……。

中村:いわゆる”スッキリしてる”というか。ちょっと昔のデザイン家電の広告によく、白い空間にポンっと製品があって、みたいな解りやすく良いのがあったじゃないですか。

A5:白いの流行りましたね。どこのメーカーの広告もappleっぽい時期がありました。

中村:全面赤だったら、赤で”わっ!”と。

A5:”わっ!”とですか! 結構ざっくりですね。

中村:色々ぐるぐる考えて、独自の道に行く人もいると思うんですけど、そういう深いところは、あまり掘らない。大体皆んなが”いいじゃない”という、一番浅い感じの、大きい部分を握り合っていればいい。

A5:中村勇吾さんが言うから説得力がありますけど……。その中村さんの”大掴み”な感覚、モノの見方というのは、どうやって養われたんでしょうか。大学生の頃は景観デザインについて勉強されていたということなんですが、それと関係はありますか?

中村:神戸の街並みが千万ドルの夜景と言われてるのは、ひとつひとつの建物のデザインという以前に、六甲山があって、展望台があるからですよね。そういう視点が無いと、地面を歩いているうちはわからないわけであって。その見る、見られるという関係をどう作るか、そういうところを戦略的に作るというのが、私が景観デザインに興味を持ったポイントでした。

A5:美術館に所蔵されている一個一個の作品じゃなくて、美術館そのものをデザインする、みたいなことですか?

中村:そもそも、それを美術館に置いておくことでいいの? みたいな話で。美術館に並べたら、同じ土俵での勝負なんだけど、ちょっとそこの勝負ポイントを変えるほうが、より良いかな、みたいな。そういうところが気になるタイプなんですね。

A5:それで、一度は橋などを作る会社に就職されたということなんですけど、それはやっぱり橋が作りたくて?

中村:その当時はもちろん、橋を作りたいなと思ってましたね。

A5:橋の魅力って、どんなところにあるんですか?

中村:橋っていうのは、構造的なところが、もろに表面にむき出しになっているじゃないですか。そういう構造と造形の部分が一緒にできる仕事をやりたかったんです。例えば車だったら、エンジンを設計する人と、車体をデザインする人が違いますよね。

A5:あまり意識的に橋というものを見たことがなかったので、あまりイメージわかないんですが……。参考までに、中村さん的に”この橋は良い! 必見!”という橋はありますか?

中村:この橋ヤバイっていうのは、やっぱり勝鬨橋とか、永代橋とか……。隅田川の橋はかなりやばいですね。でっかいヤツでいうと、サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ。あと瀬戸大橋とか、もう大きすぎて、細やかなデザインまで頭が回ってないみたいな、あまり人間に優しくない論理で出来てしまったカタチというか……。ああいう感じがすごく好きですね。なんだかちょっとデザインしようとしちゃって、色んな所に気を配って、バランスが良くて、格好が良くってという全方位な感じの橋は、あんまり……。

A5:なるほど……。勝鬨橋と永代橋、今度、見に行ってみます。

[1940年に竣工した勝鬨橋。大型船舶が航行するときに跳開する可動橋であったが、1970年以来、跳開することはなくなった。]

[永代橋。竣工1926年。勝鬨橋・清洲橋と共に国の重要文化財に指定されている。]

A5:その後、30歳のときにウェブデザインの仕事を始めますね。作ってすぐに世界中に発表できるというウェブデザインのスピード感が、中村さんには合っていたんでしょうか。

中村:一つのことを突き詰めるというよりは、色んな文脈を編集してやっていくというニュアンスが性に合っていたんでしょうね。

A5:機能や構造がむき出しになっているデザインが好き、というのはウェブデザインにも当てはまるんですか?

中村:そうですね。サービスを始めた頃のdeliciousは、すごく格好良かったと思います。いわゆるソーシャルブックマークサイトの元祖ですね。エンジニアだけで、とにかく機能性を最優先して作ったら、こういうカタチになった、というようなサイトは格好いいですよね。

A5:mixiやfacebookのような、ソーシャルネットワークサービスのデザインをやろうと思ったことはないのですか? ちょっと街作りに似たような感覚があると思うのですが。

中村:mixiのときは、作り手目線で”こういうところよくできてるなあ”とか”自分だったらこう作るのに”という感じで見ていたんですけど、段々”それをどう使うか”とか”こういう使い方はどうだ”という感じの、ユーザー側のクリエイティビティみたいなことのほうが面白くなっていきましたね。

A5:中村さんの作るウェブサイトにもfacebookやtwitterが取り入れられてますね。

中村:facebookもtwitterも、GoogleもYahoo!も、出てきたばかりの頃は、なんだ、このアメリカのすごいやつらは、というライバル目線もあったんですが、今はもう環境化してしまっているというか。

A5:空気みたいなもので、特に意識することもなくなりましたね。

中村:俯瞰的に見るとやっぱり、そういうインフラを作るような仕事をする人たちと、個人的な感覚とか、個人的なトーンみたいなことを頼りにウェブデザインをしていこうという人たちというのが、どんどん分かれていったんでしょうね。

A5:中村さんは、後者を選んだというわけですね。

中村:Gmailのインターフェースが時々、一新されたりするじゃないですか。そういう波及力の大きい仕事というのも、やりがいはあるんだろうなあ、とは思うんですけど……。私はだいぶ違うところに行っちゃったなあ、という感じですね。

A5:中村さんのやっていることは、もっと個人的な表現活動に近い感覚でしょうか。

中村:前に在籍していた会社では、ばっと構えて、総合的なソリューションを提供します、という感じだったんですが。それと、もう少し外連味があるというか、”こんな表現どうですか”的なことと、どっちを選ぶんだという時期があって。

A5:それで独立してthaを立ち上げたわけですね。ところで、音楽が好きだったんですよね。音楽を作ってみようと思ったことはなかったんですか?

中村:ちょっとだけありますよ。昔のローランドのDTMソフトとかで……。

A5:「ミュージ郎」ですね。

中村:あとプロペラヘッド・ソフトウェアの「Reason」とか。ある時期ごとにエポックメイキングな音楽ソフトが出るじゃないですか。そういうのが出るたびに触ってみるけど1ループだけ、いい感じなのを作ると、そこから先に進まない。

A5:私もです。

中村:やっぱり、自分が作った音と、巷で流れているような音楽っていうのは、全然違うじゃないですか。その深い溝の果てしなさが、もう……。

A5:挫けちゃいますよね。

A5:デザインの場合、やっぱり仕事でずっとやってるから、駆け出しの人が組んだタイポグラフィと、プロのデザイナーの人が組んだタイポグラフィというのは、明らかに違うことがわかるじゃないですか。多分、それと同じらい、離れてるんだろうな、これは自分にはできないだろうな、と。

A5:ちなみに、どういった音楽がお好きだったんですか?

中村:中学生のときに真剣に音楽を聴くことに目覚めたんですが、プリンスがきっかけでしたね。その流れでファンクとかヒップホップを聴くようになりました。クラブとかには全然行かなかったですけど。ずっとしかめ面して聴いてましたね。やっぱり何か密室で、ちまちま作ったものが好きなんです。

A5:ヒップホップは、どのあたりを?

中村:ア・トライブ・コールド・クエストが一番好きでしたね。ベタに。DJプレミアとか。

ア・トライブ・コールド・クエストは、1988年にデビューしたアメリカのヒップホップグループ。ジャズの要素をふんだんに取り入れた1991年のアルバム『The Low End Theory』は90年代ヒップホップを代表する名盤。

A5:サンプリングの技が、どんどん高度化していった頃のヒップホップですね。

中村:よく渋谷のWAVEでCDを買ってました。

A5:90年代で渋谷といえば、フリッパーズ・ギターなどの渋谷系音楽は聴いてましたか?

中村:その頃は大学生ですから、リアルタイムで聴いていましたよ。でも当初はコーネリアスは、あまり聴いてなかったですね。

A5:どうしてですか?

中村:音楽そのものを、ほとんど聴かなくなっていたんです。単に仕事が忙しくなってということなのかもしれないですけど、90年代のある時期から急に音楽が進歩しなくなったというか。私が好きな感じではなくなっていった。

A5:それCDの売上全体が減少しはじめた時期とシンクロしてるかもしれないですね。

中村:コーネリアスの初期はバンドっぽかったじゃないですか。でもそれが閉じこもった感じの音になってきてから、また”おっ!”と思って聴きはじめました。

A5:密室感が出てきたわけですね。コーネリアスの音の魅力って、どんなところにありますか?

中村:そうですね……これだけでご飯3杯食べられる、みたいな。

A5:ご、ご飯?

中村:シンセ音的なものでも、生音的なものでも、まずぴしっとした、いい音の素材があって、その素材を、最小限に調理して、最大の効果を生む、みたいな。そんなイメージがありますね。

A5:なるほど。中村さんの作品とも共通するところがあるような気がします。中村さんは、自分の作品の音楽は、自分でディレクションするんですか?

中村:そうですね。自分でやります。でも音のディレクションというのは、作品づくりのなかで一番恐ろしいところですね。すごく畏怖の念があるというか。音楽はやっぱり基本的な文法がわからないですし、ミュージシャンが何をどう考えて曲を作ってるのかとか全然知らないですからね。なので、まず”こういう概念で作っているから、音楽も同じ概念で作って”とかそういう頭でっかちな話をしたり、その一方でフワッと”もうちょっと賑やかに、メジャーな感じで”とか、いつもそういうことを、ごにょごにょっと話して。歯がゆさはすごくありますね。

A5:音楽理論を本格的に勉強してみるというのもアリじゃないですか? 意外と作れちゃうんじゃないですか?

中村:いえ、音楽体験をもっと面白いことにするような仕事があったら、ぜひやりたいですけど。

A5:音楽体験というのは、音楽を演奏する体験ですか? 聴く体験ですか?

中村:や、演奏はしないで。なんだろうなあ、音楽というよりは、時報とか駅のホームで流れてる音であったりとか。インフラ的な。……ビジュアルと音楽と一緒になって何か面白いことができたらいいなあなあ、とか……。曲として発表するというのとは違う。

A5:マスヤマさんも、mishmash*Julie Wataiで新しい音楽のカタチを模索しているわけですけども、マスヤマさんの活動に対してはどう思われていますか?

中村:すごくいい意味で、趣味でやってるなあ、みたいな感じがあって。何か、ほわっとやっているように見えて、本気でやっているというか。自分が好きだから、ということだけでしかやっていない。マスヤマさんは、そういう意味でエクストリームで面白いですね。

A5:好きなことするのが一番ですよね! では、中村さんが今一番したいことって、何ですか。

中村:あんまり、その、色んな責任とか、仕事とかそういう部分を抜いたところでの創作ですかね。でも急に仕事しなくなっていいよってことになったらずっと「笑っていいとも!」を観てるだけなんじゃないかなあ、という気もしますけど……。マスヤマさんを見てると、あ、何かこんな風にできたらいいな、って思ったりしますね。

A5:理想の老後、みたいな……。

中村:そうですね。いや、マスヤマさんは全然老後じゃないですけども!

中村勇吾(なかむらゆうご)
1970年生まれ。
ウェブを中心に、様々なインターフェースデザインや映像ディレクションなどを行う。
2004年にデザインスタジオtha ltd.を設立。
http://tha.jp/